project: U

期待される成果

プロジェクトの実施により期待される成果

現在,我が国におけるシティズンシップ教育は多様な側面から研究が進められているが,本プロジェクトには,以下のような特色があり,学術的かつ社会的な意義が期待される。

(1)東アジアの児童生徒の人権課題に対する教育プログラムを理論的に構築

東アジアの児童生徒の人権課題に対しては,道徳教育・倫理教育・社会科教育・家庭科教育など多様な領域・教科からアプローチがなされている。しかし,これまでの研究においては,本研究が対象とする日本・中国・韓国・台湾など,東アジアの国々がどのようなカリキュラムや教科書のなかで児童生徒の人権課題を取り扱っていたのかという個別の問題意識に基づいた研究に止まっていた。本研究では,こうした個別の研究の枠組みを超えて,「法的な規範意識」の形成という共通の視点から東アジアの人権課題を捉えて,幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学に至るまでの体系的なカリキュラムの構築を試みる。だが,我が国においてもこうした体系的なカリキュラムの構築は充分なものではない。なぜなら,人権課題は,広汎な領域・教科に渉っているために,どのような視点から人権課題に取り組むのか学校種や教師によってさまざまに捉えられているからである。本研究ではこうした状況を踏まえて,「法的な規範意識」を軸にして,人権課題に対する教育プログラムを理論的に提案する。日本でも「法的な規範意識」を育成する授業は「シティズンシップ教育」の名のもとに,教育政治学や社会科教育の領域で活発に議論されてきた。しかし,「法的な規範意識」を関連するほかの領域・教科との連携をも視野にいれた横断的な研究は今後の課題となっている。本研究では,申請者たちがこれまでに取り組んできた「判決書教材」を活用した授業実践研究を基礎として,新たな学校教育プログラムを理論的に検討する。現在,東アジアのなかでも最も体系的に法的な規範意識を育成するためのプログラムの開発を進めているのが中国である。中国では,新たな施策のもとで「法治教育」のテキストを作成し,小学校から高等学校までの体系的な教育内容を示している。児童生徒の法的な規範意識を育成する上で,各国の法体系を理解することは,前提となる基礎的知識である。中国の法治教育のテキストは,場面状況・事例分析・学習活動の3つで構成されているが,こうした内容構成は,判例理解・関係法規・教材吟味の判決書教材を学習していくプロセスと共通点がある。本研究では,日中との国際比較研究を手がかりに,韓国や台湾でもカリキュラムや教科書の調査を行い,東アジアの人権課題に対応できる「法的な規範意識」を育成するプログラムを開発する。

(2)「法的な規範意識」を育成する効果的な教員養成や教員研修のプログラムを開発

本研究では,児童生徒に「法的な規範意識」を育成するためには,教員養成や教員研修のレベルにおいて教師が「法的な規範意識」を資質として備えている必要があるとの理論的仮説に基づいて,教員養成や教員研修のプログラムの開発を検討する。申請者たちは,本研究の基礎となる「判決書教材」を活用して,教員養成や教員研修のプログラムを開発・実践してきたが,対象とする内容が限定的であり,東アジアでの汎用性を意識したものとはなっていなかった。しかし,教員養成や教員研修において,高度な国際化が要求される中で,東アジアの教師達が相互に授業を公開し,批評できるためには,共通の基盤となる授業実践の蓄積が不可欠である。本研究で対象とする「法的な規範意識」を軸とする授業実践は,こうした授業実践の蓄積を可能とするものであると同時に,教師と児童生徒が相互に理解を深める上でも重要なものとなる。しかし,既存の授業実践においては,国際比較研究において,言語や価値観の相違が大きな壁となっていた。申請者たちは,中国・韓国・台湾の教育プログラムに精通し,かつ,日本語や日本の教育プログラムにも詳しい研究協力者を得ることで,こうした相違点をお互いに議論し,新たな教育プログラムを開発することに意欲的に取り組んできている。 こうした研究の蓄積を生かして,東アジアにおいて,「法的な規範意識」を育成する効果的な教員養成や教員研修のプログラムの開発を促進する。申請者たちは,各国の規範教育に関する関係機関や各教科のカリキュラムや教科書の作成にも関わっており,こうした知見を教員養成や教員研修のプログラムの開発に生かすことが可能である。具体的には,「法的な規範意識」を育成する教育プログラムの視点としては,「いじめ」「家庭内暴力」「セクシャルハラスメント」「インターネット犯罪」「環境問題」などの事例を教師や児童生徒に学習させる学校教育プログラムの開発を目指す予定である。 特に,対象の事例とする社会的事象の法的根拠を明らかにすることで,その権利のもとになる各種法令はどのようなものがあるのか,それはどのような規定か,それぞれの場面は裁判でどのような法的根拠に基づいて裁かれているのかなどを体系的に学ぶプログラムの開発を検討する。

(3)実践的研究により「法的な規範意識」の授業評価と有効性を検証

3つ目の期待される成果は,「法的な規範意識」を育成するための授業モデルの提示である。 申請者たちは,社会科教育を中心に授業実践を分析するための新たな評価方法についての研究を進めている。「法的な規範意識」を育成する授業においては,従来のように,教師が教材として提示する事例をもとに,児童生徒が相互に議論するアクティブ・ラーニングを展開することが求められる。そのときに,児童生徒が事例から何をその判断基準として考察したのかが問われるが,本研究では,児童生徒の判断基準となる根拠を,日本・中国・韓国・台湾など東アジア各国の法体系に求めている。児童生徒は,法的な根拠に基づいて,自らの意見を論理的に表現することが授業の中で必要となる。例えば,「いじめ」「家庭内暴力」「セクシャルハラスメント」「インターネット犯罪」「環境問題」などの事例を児童生徒自身が,法的な根拠をもとに,自らの判断を吟味し,「法的な規範意識」を形成していくのである。こうした学習プロセスは,申請者たちがこれまでに取り組んできた「判決書教材」を活用した授業の中で行ってきた「判例理解」「関係法規」「教材吟味」の3つの学習過程を生かしたものになると想定されるが,こうした学習プロセスによる授業がどのように児童生徒に効果的なのかについて,授業評価の検証は充分なものではなかった。本研究においては,授業評価研究の専門家にも研究協力を仰ぎながら,実践的な研究の視点から「法的な規範意識」を育成する授業の評価とその有効性についての検証を行う。現在,中国においては,「法治教育」のテキストに基づく授業実践が計画中であり,いくつかの学校で実践化が進められている。また,日韓との比較については,「判決書教材」を活用した相互の授業実践が既に行われているが,新たな教材開発が必要となっている。台湾との比較はこれまでに事例がないために,日本・中国・韓国との相互比較のなかで検討可能な事例を開発し,実践する必要がある。本研究においては,博士課程の大学院生や現職教員との協力体制も整えており,日本・中国・韓国・台湾での相互の授業実践の比較によって,「法的な規範意識」を育成する授業の開発と検証を進め,東アジアの児童生徒に資するカリキュラムや教科書の開発と授業実践の双方から本プロジェクトの有効性について検証する。それによって,次世代の教育を担う博士課程の大学院生や現職教員が連携しながら,新たな授業モデルを創出し,東アジアの児童生徒に「法的な規範意識」を育成することのできる授業力を育むことができる資質と能力を提供することが可能となる。
 本プロジェクトは,理論的・実践的なレベルで「法的な規範意識」を東アジアの児童生徒や教師に育成することができるという点で,これからの学校教育プログラムの新たな側面を担うものと期待できる。